鞠谷さん演じる「サーヤ」が「歌う魔女」に見えるのは、見返しても変わらない。
彼女が舞台の一番上で歌い、世界を作る。
作られた(修復された時間の)世界で、ロミオとジュリエットが踊る。
まるでディズニー映画のよき魔女がシンデレラでも見守るかのように、
彼女は世界を固定する。
彼女の歌がどこかグロテスクなのは、それが本当は禁じられた魔法だからなのかも。
けれど彼女の作る世界ではロミオは代役だし、
ジュリエットの老いをとめることはできない。
本当に時間をもどせるのは、本物のロミオとジュリエットだけ。
実際不思議なんだけど、最初のシーンで本物のお姫様に見えるフー子ちゃんは、
時間がたつごとに百歳の老婆に見えてくる。
なんだけど、俊くんと踊ったとき、またお姫様に戻ってるんだ。
そして、本物の時間を過ごしたあと、今度こそガラスの城は崩れ去り、
その後新たなロミオが立ったときには、
サーヤはもはや時間の魔女ではなく、自分の踊りを踊っている。
それから、フー子と俊。
フー子は時間を止めてたけど、俊は戦後を生き抜いて、
だからこそ、理恵は彼女を「戦友」と呼んだ。
なのに、俊は彼女を捨てて夢に散ることを選んだわけで・・・。
死を前にした人間の喜びについての、
ロミオとジュリエットのセリフが効果的に使われるけど、
・・・なぜそれを雷などと呼べよう?
それから、次郎くん。
ロミオとジュリエットとくれば「ウエスト・サイド」を忘れちゃいけないでしょう。
理恵ちゃんと次郎君は、糾弾するロミオとジュリエットの役なんだろうか。
しかし、その糾弾の声のなんと小さいこと!!!
理恵ちゃんは言うだけ言って去ってゆくし、
次郎君は最後まで言わせてすらもらえない。
圧倒的な流れの中で、ただ、立ちすくむだけ。
・・だって、戦ったのは、昔のロミオなんだもんね?
戦いは過去のロミオとジュリエットの、どうしようもないことだったんだもんね?
戦い自体を糾弾しても、仕方なかったんだもんね?
そして、もはや嘆き糾弾するジュリエットすら、必要なくなったんだもんね?
次郎君がまた歩き出したとき、自分の歌を歌うジュリエットの一人になれるのかも。
そんなことを考えてしまった観劇でした。
ああ、考えるのって気持ちいい。
至福のひとときをありがとう、王子。
[0回]
PR